幻想

一生懸命働くことが、子供の為だ。

「子供との生活の為に」「一生懸命働くすがたを見せる為に」という押しつけがましい訳の分からない理由で今まで正社員で無我夢中で働いてきた。

子供が小学生になってからは、8時半に出社し、昼から1時間の休憩、17時に退勤。は まだいいほうで、子供が生後4ヶ月から母親に預け職場復帰し、午前様になるまで働くことが日常茶飯事だった。

働く背中を見て、子供も真面目になってくれるという、全ての本質を見ずに、ただよくある思想とよくいわれる常識に捕らわれて生きてきた。

この幻想から抜け出せるきっかけとなったのが

子供の不登校

小学校入学前の健康診断の時からみんながお母さんから離れてお友達とわいわい遊んでいる中、息子は私から離れようともせず、ついには泣き出してしまうといった、不安定なメンタルだった。入学してからも、集団登校の集合時間5分前になっては、お腹を痛くし、トイレからでてこれなくなるといったことも2日1回はあった。それでも無理やりにでも行かせることでみんなと同じように行動できることが子供のためだと思い、怒りながら、時には優しくなだめながらみんなのもとへ背中を押していた。

すると事態は悪化し、朝家から出る時間になると狂ったように大泣き、車で学校に送るも校門を見るなり、吐き気とまたも大泣き。先生と自分で車から引っ張りだして学校に送り出すも、そのあと胸が引き裂かれる思いで仕事に向かった。

そんなことを1週間くらい続けていくうちに先生から、「今は無理に学校にくる状態ではないかもしれません。お母さん、1度話し合いにきていただけませんか」と声が掛かった。

頭が真っ白になった。どこで間違ったのだろう。いや、最初から間違っていたのか。今までの自分のこと、子供のことを振り返っても分からなくて、いや分かっていることを認めたくなくて、今そばにいる子供に目を向けると、「今日のご飯おいしかった?」と聞いても、「今日何してたの?」と聞いても、子供にしたらおもしろいことのようなことを言って、わたしにしたら意味の分からないふざけたことを言って、会話がまともになりたたない状態になっていた。。表情も暗い。目が時にきょろっと横にむくのを何度も繰り返し行っている。いわゆるチックという症状だった。

いつから目の前の子供のことを見なくなっていたのだろう。

向き合わなくなったのだろう。

いつから子供は私にSOSをだしていたのだろう。

子供のためと一心不乱に働いてきた結果がこれか。。

頭がフリーズした。2日ほど会社に行ったが、フリーズした頭とボロボロの精神で仕事にならず、社長に無理を言って次の日から無期限休暇をもらった。

社長には本当に感謝している。

それから、3か月間、四六時中子供と一緒にいて、一緒に遊んだ。子供と向き合うことが使命だという具合に、子供に寄り添った。

そして3か月たったとき、子供がきっかけとなったが、私の中で仕事に対する思いの変化が生まれ、退職を願い出た。

次回は子供が不登校になったの理由・3か月間の私の思いについて詳しく話していきたいと思います。

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